虚無感・孤独

【処方箋 No.034】「本当の自分」なんて探すな。そこには「劇場」があるだけだ

処方医: Dr. デイヴィッド・ヒューム
2026年2月1日
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タマネギの皮を全部むいても、芯には何も残りません。皮こそがあなたなのです。

【患者の訴え】

先生、私は自分がカメレオンみたいに思えるんです。 友達の前では明るいキャラ、職場では真面目なキャラ、親の前では従順な子供。相手に合わせてコロコロ変わるけれど、じゃあ一人になった時に「本当の自分」がいるかというと、空っぽなんです。 確固とした「自分」という核がない気がして、ただ周りの環境を反射しているだけの鏡みたい。このままでは、誰の人生を生きているのか分からなくなりそうで怖いです。

【診断】

あなたの症状は、哲学的には「知覚の束(バンドル)」としての自我を直視している状態です。 多くの人は、体のどこかに「魂」や「不変の自我」というボールのような核があると思い込んでいます。だから、それを探そうとします。 しかし、ヒューム博士はこう言いました。「自分の中を覗き込んでみても、見つかるのは『暑い』『寒い』『好き』『嫌い』といった知覚だけだ。それらを取り除いたあとに、『私』という実体は残らない」と。 あなたが「本当の自分が見つからない」と感じるのは、あなたが空っぽだからではありません。人間とは本来、次々と通り過ぎる感情や経験の「束(集まり)」にすぎないという真実に、あなたが気づいてしまったからなのです。

【処方箋】

ヒューム博士は、あなたに「自我という劇場」という視点を処方します。

理論の解説: これを「タマネギ」に例えてみましょう。 「本当の自分(核)」を探す旅は、タマネギの皮をむくようなものです。「これは親に見せる顔だから皮だ」「これも役割だから皮だ」とむいていくと、最後には何も残りません。 でも、タマネギは存在しますよね? そう、あの重なり合った皮の集まりこそがタマネギなのです。 ヒュームは、心は「劇場」のようなものだと言いました。そこには「楽しい」「悲しい」「お腹すいた」という役者たちが次々と現れては消えていきます。固定された「座長(本当の自分)」はいません。その劇場の舞台そのもの、あるいは上演されている劇の全体が「あなた」なのです。

アクションプラン:

「自分探し」をやめて「自分作り」に切り替える どこかに隠されている「本当の自分」を発掘しようとするのをやめましょう。そんなものはありません。その代わり、今日どんな経験(皮)を自分に付け加えるかだけを考えてください。

「カメレオン」であることを誇る 相手に合わせて色を変えられるのは、あなたが柔軟で豊かな感受性(知覚の束)を持っている証拠です。「嘘をついている」のではなく、「その瞬間の役を演じきっている」と考えてください。どの色も、間違いなくあなたの一部です。

記憶という「糊」を大切にする バラバラの知覚を「私」として繋ぎ止めているのは「記憶」です。日記を書いたり、写真を撮ったりして、過去の自分と今の自分を繋げる糊を補強してください。「昨日の私も、今日の私も、全部ひっくるめて私だ」と思えれば、核がなくても不安は消えます。

【用法・用量】

この考え方を取り入れると、「自分軸を持たなきゃ」というプレッシャーから解放され、どんな自分も面白がれるようになります。

ただし、あまりに「自分なんてない」と思い込みすぎて、約束や責任まで「それは昨日の私がやったことだから」と放棄するのはやめましょう。社会生活では「一貫した私」というフィクションを演じるのがマナーです。

空っぽの劇場だからこそ、どんな悲劇も喜劇も上演できるのです。

お大事に。