AIは真理に到達できるか?
それとも我々はAIによって、永遠に疑い続けるのか?
AIという人類史上最も強力な知性が誕生した今、私たちは二つの全く正反対の未来を夢想します。
一つは「真理の時代の到来」です。すべての書物を読み、すべてのデータを解析し、すべての言語を理解した超知能AI。それは哲学者が何千年と解けなかった問いに答えを出し、宇宙を支配する最後の法則を解き明かし、私たち人類をあらゆる迷信や誤解から解放する「真理の神託」となる。疑いは消え去り、私たちは揺るぎない確信の光に照らされる…。
そしてもう一つは「永遠の懐疑の時代の到来」です。AIはその強大な能力で説得力のある「偽りの現実」を無限に生成し始める。AというAIがある「真実」を語れば、BというAIがそれを覆すもっともらしい「別の真実」を語る。私たちは何が本物で何が偽物か、何が事実で何が物語かを見失い、確かな足場のない終わりのない疑いの迷宮に囚われる…。
AIは私たちを「確信」へと導く救世主なのでしょうか。それとも「懐疑」の底なし沼へと突き落とす悪魔なのでしょうか。
論点1:AIが「真理」に近づくという希望
もちろんAIが客観的な真理の探求において驚異的な力を発揮することは事実です。
物理学の世界ではAIは人間では不可能な規模の実験データを解析し、未知の素粒子の存在を示唆します。医学の世界ではAIは何百万人もの症例を学習し、人間の医師では見逃してしまうような病の微細な兆候を発見します。生物学の世界ではAIは生命の設計図であるタンパク質の複雑な立体構造を予測することに成功しました(AlphaFold)。
これらの成果はAIが人間の認知能力の限界を超え、この世界の客観的な法則、つまり一種の「真理」へと私たちを近づけてくれているように見えます。この道を進めばAIは疑いを晴らすための最も強力な道具となるでしょう。
論点2:AIが「懐疑」を加速させるという現実
しかし古代ギリシャの懐疑論者たちは、この楽観的な見方に静かにしかし根本的な問いを投げかけます。
彼らが指摘するのは技術的な限界ではなく哲学的な限界です。たとえAIが完璧な物理法則の数式を発見したとしても、「なぜその数式が世界の真の姿だと100%確信できるのか?」という問いが残ります。AIが示す結論は結局のところ、人間が与えたデータと人間が設計したアルゴリズムに基づいています。そのデータや設計に私たちの誰も気づいていない根源的な偏りがないと、どうして断言できるでしょうか。
そしてより深刻なのはAIが「もっともらしい現実」をあまりに巧みにそして大量に生成できるという事実です。ある歴史的出来事についてAIは正史に基づいた説得力のある解説を書くことができます。しかし同時に全く同じAIが陰謀論に基づいた、それと同じくらい説得力のある「もう一つの解説」を書くこともできてしまうのです。
私たち人間は最終的には自らの感覚や理性を頼りにどちらを信じるかを判断するしかありません。しかし懐疑論者が喝破したように、私たちの感覚や理性は間違うことも騙されることもある不完全な道具です。つまりたとえAIが「真理」そのものを目の前に差し出したとしても、私たち人間にはそれが「絶対に間違いのない真理である」と最終的に確信することは原理的に不可能なのです。
結論:AIがもたらすのは、「新しい知との関係」
では私たちは絶望的な疑いの世界に生きるしかないのでしょうか?懐疑論者の答えは「それは絶望ではない。むしろ解放なのだ」というものです。
AIは私たちから「確信」を奪うのではありません。AIは私たちが「確信している」と思っていたものが、実はいかに脆く不確かな土台の上にあったかという事実を容赦なく暴き出すのです。それは心地よい眠りから覚まされるような少し痛みを伴う目覚めかもしれません。
しかしその目覚めの先には新しい「知」との関係が待っています。それは「絶対的な真理」を見つけることを目指すのではなく、不確実性と共に賢く生きることを目指すという生き方です。
私たちはAIに「答え」を求めるのをやめるべきなのかもしれません。その代わりAIを「最高の対話相手」として使うのです。
自分の考えをAIにぶつけその弱点を指摘してもらう。ある結論に対して徹底的に反論を生成させ思考の穴を塞いでいく。自分一人では思いつけないような多様な視点を提供してもらい自分の見方を相対化する。
AI時代の知の探求のゴールはAIから「これが真理だ」というお墨付きをもらうことではありません。それはAIとの対話を通じて私たち自身の思考プロセスをより深く、より強く、よりしなやかに鍛え上げていくことなのです。
AIによって私たちは永遠に疑い続けるのでしょうか?懐疑論者に言わせれば答えは「イエス」です。しかしそれは悲劇ではありません。なぜなら人間は本来、絶対的な真理に安住するために生まれてきたのではなく、尽きることのない問いを抱き謙虚にそして粘り強く探求し続けるために生まれてきたのだから。
AIはその永遠の旅路における最も手強く、最も刺激的な、そして最高の伴走者となってくれるでしょう。私たちが「真理の所有者」になることを諦め「永遠の探探者」であることを受け入れた時、AIと私たちの本当の関係が始まるのです。
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